2013年06月

日本を取り戻すとは

〜 地方政治家のひとりごと 〜

 安倍政権が発足して半年経った。デフレ脱却と経済の再生に向けて、徐々にアベノミクスの成果が見え始めている。外交上の懸案にも積極的に取り組み、総理のリーダーシップに期待する声は高い。内憂外患の中での船出は、順風満帆とまではいかないが、今のところ順調に見える。
 では、総理が掲げている「日本を取り戻す」とは、どういう意味なのか。自民党の公約には、経済、教育、外交、暮らしの4つの再生の向こうに、みんなで新しい日本をつくろうと記されている。向こうにとは、目標として掲げるという意味である。
 ジャパンアズナンバーワンと言われた経済繁栄を再現して、国際社会でのプレゼンスを高め、人づくりと国民生活の安定に尽くした末に取り戻す日本とは何なのか。
 私は、日本的な精神や伝統文化の恢復が最大の目標だと考えている。日本人の美徳として、まず挙げられるのは勤勉さであろう。勤勉さの要諦は鍛錬と節制にある。日本の四季の移ろいや花鳥風月は優美な感性を育み、清貧の中でも心豊かに暮らす衣食住の工夫や匠の技を生んだ。これが日本らしい伝統文化の真髄である。
 労せずして得る習慣は、智恵と工夫を失わせる。大河ドラマに取り上げられている新渡戸稲造が、名著『武士道』の中で「富は智恵を妨げる」と記しているように、武士は、節制や鍛錬によって、「足るを知り、恥を知る」品格を養ったのである。
 前政権の政策は、人気取りのあまり国民に刹那の利益を与え、将来への夢を描けなくなっている。次代を担う高い志は、清貧で懐の深い土壌で培われるのだ。
 平和と繁栄のうちに半世紀以上を過ごした国民の事なかれ主義や愛国心の欠如が外交姿勢にも投影されている。競争を避け議論を棚上げにし、平和と安全は只だという誤解に陥っている。国際社会での日本の存在感の希薄さは、米ソ中などの大国が、頭越しに外交を展開する現状に如実に表われている。
 先進国と協調しつつ、新興国が抱える課題処理に汗をかくことで貢献しなければ、国際社会からの信頼は勝ち取れない。鍛錬によって蓄えた力を発揮してこそ、たくましい国家として内外から信頼され、自立と発展が促されるのである。
 たくましく誇りある日本を取り戻すために、憲法を見直す必要があれば、改正を議論の俎上に挙げることも考えられよう。内容の是非は十二分に論議すべきであるが、長年にわたり棚上げされた改革に、果敢に取り組む姿勢は評価されてよかろう。
 大日本帝国憲法は「不磨の大典」と称され、全く改正されなかったが、ただ一度の改正手続きによって公布されたのが現在の日本国憲法である。GHQの影響下で極めて短期間で草案が策定された事実への批判もある。だからといって、内容が粗雑だという訳ではない。柱となる国民主権、基本的人権と恒久平和主義が、戦後の我が国の目を見張るような発展を支えた事実は否定しようがない。
 憲法改正は、決して中央政府だけの課題ではない。地方は世界に直結しており、国政も地方行政もユニバーサルに展開されなければならない。これまでの地域政策は、ほとんど国の政策に追随してきたが、地方は、自らの周囲だけを見る近視眼的な政策に傾斜してはならない。
 歴代総理の思想的支柱であった安岡正篤は、一つ、目先に捉われず、できるだけ長い目で見る。二つ、物事の一面に捉われず、できるだけ多面的に見る。三つ、枝葉末節に捉われず、根本的に考える。という思考の三原則に依って重要な問題を考えよと述べている。
 経済、教育、外交、暮らしの再生の向こうにある新しい日本をみんなでつくるとは、国と地方と国民一人ひとりが一緒に考え、力を合わせて新たな国の枠組みをつくるという意味である。
 安保体制や集団的自衛権の問題は、日本各地に点在する基地のあり方に関係するし、領土や領海の問題は、地下資源や漁業の将来性にも関係してくる。憲法の定める国家の枠組みは、地域の様々な営みの向こうにあるのだ。 
 地域社会に生きる我々にとって日本を取り戻すとは、佳きふるさとを取り戻すということである。平成の合併によって失われたふるさとを再生するために、行政も議会も連携を密にし、長期的な視点から政策選択を行う姿勢が求められている。
 特に、ここ広島の地は、国際平和と安定のために尽くす責務がある。ふるさと広島で育まれ、世界に通用する人材が、伝統文化を継承して地域の品格を形成し、新しい日本をつくってくれるものと信じている。