所感

コロナ後を生きるために

世界を席巻したコロナのパンデミックから、民族性の違いが見えてくる。

桁外れの犠牲者が出た欧米では、次々にロックダウンが強行され、自由を最大の

権利とする国民が、移動の制限を易々と受け入れた。

ペストやスペイン風邪のときでさえ、そこまで極端ではなかったという。

ドイツのメルケル首相は、人間の最も重要な権利である移動の自由を

軽々しく制限してはならないとした上で制限を実行し、苦渋の決断だと嘆いた。

一方、混乱の割に死亡率が低い日本の特性について、様々な意見がある。

国民の衛生観念の高さ、世間の目を気にしてあらゆる場所でマスクを着用する

同調圧力の強さ、などが理由ではないかと分析されている

コロナが怖いという空気に侵され、今を生きる社会生活や人間関係を抑制すること

自体が感染症ではないかと、東大准教授の国分功一郎が論考している

世界保健機構は、大量の情報が氾濫し、感染症の流行のように現実社会に影響を

及ぼす状態を「インフォデミック」と呼んでいる。

誤った情報が心に感染するインフォデミックは、経済社会を毀損する

オリンピック開催を過度に心配するのも、一種のインフォデミックである。

政府までが世論や国内空気に委縮し、優柔不断になってはならない。

万全の予防措置を講じて世界に約束を果たすと、毅然として筋を通せばよい。

いまや人類は、コロナ感染防止という共通課題に立ち向かっている。

世界が連帯する歴史上初めての機会を、温暖化対策などの

地球規模の取り組みに転ずるべきであろう。

各位のご不自由とご心労はいかばかりかと心配しつつ、コロナ後を見据えて、

健やかに自由に生きる準備をしておきたいと思う。

令和三年 盛夏